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皆夢(エピソード1)

 あはは。飲んじまったよ。毒。

 つーか煙草の煮出し汁なんだけどね。それが苦味の極みと呼べる様な代物で、ニガニガしいったらありゃしねえ。
 ガキの頃喰らった蕗の薹以上だな。こりゃ。こりゃこりゃ、あーこりゃこりゃ。
 俺の価値観で面白可笑しくアレンジした阿波踊りを適当に踊った後、フローリングの床に敷いたままの襤褸布団に大の字の格好でダイブしてみた。

 重さ六十四キログラムによるダイブの衝撃は、襤褸布団の表面に蓄積された埃と塵と鼻屎と耳糞を空に舞い上がらせた。
 畜生、目が痛てぇ。目ん玉入って来るんじゃねーよ耳糞。そんなに俺にくっついていたいか。チッ。てめーが女だったらなぁ。
 ……いいや。俺の身体が完璧に燃え尽きたら一緒に居ような。愛してるぜ。みみくそちゃん。

 そんなこと言ってたら涙が出てきた。したら、終生共に暮らすはずだった耳糞は無常にも頬を伝って流れ落ちてしまった。めっちゃ・やったれん。
 俺はヒトの気持ちどころか、耳糞への愛情をも無碍に取り扱ってしまった。すまん、俺を嫌わんといて。あんたが去ったらワテは生きて行かれへんがな。ま、直に俺も消えてまうけど。って、いつの間にか大坂弁になっとるがな。
 ワテは秋田県生まれの山形育ちやっちゅーねん! 宮大工の放蕩息子やっちゅーねん! 家の屋根にゃ鬼瓦が乗っかってるっちゅーねん! めっちゃ恐いっちゅーねん!だっちゅーの! ……もう古いかパイレーツ。
 ああ畜生、生きているうちにああいう感じの娘っ子、抱いてみだがったなぁー。いけね、次ぁ御国言葉かい。本当訳わかんねーよ、俺。

 その後無言でパイレーツの事ばかり考えたら赤血球やら白血球やらが俄然元気を出してきて、身体中所狭しとばかり、ぎゅんぎゅん、ぎゅんぎゅん流れ始めた。
 それは下腹部に付いている、何ともお粗末なブツにまで及び、粗末な癖に徐々に元気&御立派になった。そして、びく、びくと脈を打っているブツを何となく優しく撫でてみたら、また涙が出た。

 すまぬ。生涯お前にゃ尿や精液を垂れ流させる事くらいしかさしてやれなかったなあ。主の勝手な行いで自らを消され、況してや童貞っていう、何とも情けない蒙古斑みたいな烙印が押されたまんま、この世からあっさり消されてしまうのだからなあ。
 ほんま・やったれん。俺もブツも。

 そもそも俺の部屋に「ヒトの終え方」ってな本があるからこんな事になるんじゃ。何、このタイトル。終え方て。踏まえ方一歩間違えりゃ、覚醒剤の危険性を訴えるように聞こえるじゃねーか?
 実際そう思って買っちまったよ。したら自害の本だもの。目次見たら首吊り、瓦斯、投身、仕舞いにゃ流砂だよ。流砂。
 何でも鳥取砂丘にヒトが入れるくらいの穴を掘った後、自らを投じた末に居眠り等で蹲ると、砂が穴に流れ込んで来て最終的には穴もろとも自らも埋まって呼吸不能。亡骸と化するんだとよ。んなもん非現実過ぎて考え付かねーよ。鳥取限定のローカルルールなんじゃねーの? とは思ったが自害に決まり事は無いのに気付き前言撤回したい気分になった。鳥取県人の皆様、何とぞ容赦して。めんご。

 そうか自害か。ニコチン自害、か。これで柔で小心者で意味不明で大嫌いな、この龍之瀬優壱ともバイバイ、グット・バイできるのであって、狂喜乱舞しつつ感慨無量なる喜びに浸り続けるのが筋であるのだが、別れる相手が俺の身体なので、モノを見ることも聞く事も他人とコミュニケートする事も出来なくなるということで、素直に喜べなかった。

 しっかしエライ儚い人生やったなぁ。
 ゲッ、俺二十一年も生きてるやん。日日(ひにち)に換算して七千六百六十五日。更に秒数に換算したら、六億六千二百二十五万六千秒?
 何やってんの自分。赤子時代は除くとして、大体六億回の律動でヒトの事傷つけてきたんか。最悪やな、自分。極悪で愚鈍で白痴じゃ。げらげらげら。やーい、愚鈍愚鈍。はーくち優壱、はーくち優壱。
 ……ガキ共の苛めがこんなアカデミックだったら世間は今でも増して沈澱したものになっていただろうな。きっと。

 暫く世間一般の価値観に基づいた「ガキ共の苛め」の画を思い描いていたら、苛められているガキが朧げながら自分に見えてきた。
 いかん、最も思い出したく無かったイベントだぞこれは。早忘れな。ってウーンウーンと唸りながらAV女優が喘ぎ悶えている様を必死で思い出していたが、駄目だった。思い描いた女が演技で悶えていたのが敗因と考えて良い。
 ある種最終兵器だったものでさえも敵わぬという現実を知った自分は、このまま卑俗と匪賊達が自分の周りをバターにならんとする虎の如く駆け回っていた、あの頃の世間に、ただ、ただ、身を委ねた。

EPISODE 1 「磔の刑に処されたコメディアンの叫び」

 七年前、中年チンピラが掛けていそうなサングラスのフレームに近眼矯正レンズを装着した眼鏡を掛け、ぶくぶくに太った自分が居た。
 しかも詰襟の学生服に身を纏ったまま布団の上で自らの左手首を事務用カッターナイフで切り刻んでいる。泣きながら極々弱い力で。
 痛みを感じないように刻んでいるので中々出血しない上、弾みで折角出血しても直ぐ血小板が傷口を塞いでしまう。やったれん。やめた。止めた辞めた。いいさ、喜んでサンドバックになったろやないけ。打って撃って討ちまくれや。
 それで奴等の鬱憤や衝動心理を抑える事が出来るのならな。ひひひ、非抵抗非暴力。ガンジー魂で生き抜いてやる。で、仕舞いにゃ殺されてやるのさ。ひひひ、ひていこう。ひひひ、ひぼうりょく。うひひひひ。

 そういや、一週間前から家業の一部である鉋掻けの手伝いを渋ったきり、一日の食事は学校の給食しか捕ってない。なのにデブ。駄目駄目じゃん俺。
 いや、俺の親が駄目なのか。育ち盛りの愚息にメシ喰わさない自体、完璧虐待だぜ実際よお。背丈百五十六センチメートルのまま社会に放り投げる気だな。
 絶対、老後の面倒は見ん。いずれ訪れる孤独死にゃ覚悟しとけよ。ふひひ、ひどう、オア、げどう。

 いかん。胃のおっさんが働かせろ働かせろって喚き出した。女房やガキ共の食い扶持はどうすんだよ親方ぁ! ってな感じで大暴れしてる。
 雇い主である俺としては、おっちゃんは忠実な部下だし、一ヶ月前に挑戦した大盛りラーメンを三時間以内に全て消化しきったエリート土方でもある。そんな御仁に無碍な待遇はないだろう。
 よし決めた。やろう。冷蔵庫侵略大作戦。奴等が寝静まったら早速決行だ。自らの気合いを入れる為に自分の顔をぽきゅぽきゅ殴っていると、鬼母の絶叫に近い呼び声がしたので、のそりと部屋を出た。

 何と、この肉少年こと団子虫に女性が訪ねて来ていると云う。
 鬼母、改め、婆ぁは顔を醜く歪ませ、彼女か? んー? この色男。としつこく迫ってくるので、うるせぇ婆ぁ、引っ込め殺すぞ。と吐き捨てた後、半ばスキップるんるんるん、といった足取りで玄関に向かった。
 ひょいと顔を出すと校内じゃ清純派美少女で通っている樋口が居てました。瞬間、自らが破裂したかのような衝撃が走る。
 ぶぶぶ、何じゃらほい。奇跡か? 奇跡なのですか? このシチュエーションは。ま、どうせ何かの連絡伝達だと思うがね。
 もしこれが愛の告白ならば、天変地異必至。恐怖の大王が赴く前に全員頓死じゃ。ふん、そんな人類存亡の危機が訪れる程のミラクル・サクセス・ストーリーなんぞ起こって堪るか。当事者である俺でさえ拒むわ。馬鹿馬鹿しい。と考えていたので、やや突っ掛かる口調で喋り出した俺。

「何、こんな夜更けに」
「優壱君。ちょっと、あの……、話があるんだけど……」
「早く云えよ」
「駄目! ここじゃ話せないの」
「は?」
「……公園で、待ってるから」

 てなことを小さく早々と口走ったと思いきや、樋口は顔を紅らめ去って行った。石になる俺。我に帰ると頭を抱えその場にしゃがみ込んでしまった。
 やべ、天変地異が起こる! さよなら人類。でも起きん。何億年に渡って修羅場を潜り抜けて来た地球にとっちゃ、こんな豚中坊の非現実的な幸運が現実化した処で重力の法則が変わるわきゃねぇだろうが。

 ぶひひひん。前言撤回御免。やっぱ拒むの止め。寧ろ迎えたる。めちゃめちゃ大歓迎よ。俺の肉っ腹に飛び込んでおいで、マイ・ハニー! ぶひゃひゃ。
 笑ってる場合じゃねーや。俺のハニーが待ち草臥れて号泣してるかも知れぬのだ。早行かな。脱ぎ捨てたままの女物のサンダルをかなり無理矢理に、且つ、不自然に履くと、いざ闇に飛び込まんとする矢先「お兄ちゃん、こだな遅くどごさ行ぐの」(馬鹿息子よ、こんな夜更けに何処へ?)と、俺主演の純恋愛物語を悉く踏み潰す東北訛り。
 ざけんな婆ぁ、引っ込めってあれ程親切に命令したのも拘わらず、奴は物陰に隠れて事の経緯をじっくり観察していたのである。なんちゅう姑息で陰惨な婆ぁだ。親の風上にも置けぬ。いや、風自体に煽らせておくのも勿体無い。

 俺自身は大人しいナイス・ガイを装っているつもりだったが、身体の中はマグマの如く、熱く煮え滾らんばかりに怒りが詰まっており、このままでは親殺しという実に滑稽な経歴が一生付き纏う事に成り兼ねん。無論、胃のおっさんもキレまくっている。取り敢えず怒りを抑えて、さり気なく出て行こう。よっしゃ、そうしよう。

「いや、ちょっとばかし夜風にね、当たりたいなって思ったんだ」
「何やあ。ほだな事云って、彼女さ会いに行くんだべ。母ちゃん許さねよ。お前等中学生の癖に。後から面倒な事になっても、おら、しゃねがらな!」
(僅か齢十五で男女交際するだなんて。お前は公家にでも成ったつもりかい!)

 カチン。

「何勘違いしてるんだよ母さん。彼女は明日数学が自習になるって教えに来ただけなんだよ」
「嘘つくなず。明日の時間割さ数学はねぇべ(明日だったら、数学は無いはずだけど)」

 ガチン。

「そりゃあ、一学期までのヤツだよ母さん。二学期から変わったんだよ。いい加減息子の事信じろって」
「兎に角、外さは出んな。分かったが?(あまり親に心配をかけないで頂戴。外には出ない事。分かった?)」
「……」
「大人しくマスでもかいて寝な。ひひひ(じゃ、自慰でもしてお休みなさい)」

 ブチ。

 キレた。ああ、キレたさ。だって聞いた? 今の。マスかけってお前、ハートウォーミングな恋愛物語の展開としては最悪だぞ。テメェのした事は純粋可憐な少女に猥雑な言葉を教え込む行為と何ら変わらねぇんだぞ?
 よし、分かった。アンタがそう出るんだったら、俺もそれ相応の見返りを呉れてやる。と、脳裏に復讐の言葉がよぎった瞬間、傘立ての底に転がっていた野球用の硬球を婆ぁ目掛けて投げつけてやった。
 使っていないはずなのに、やけに汚いその硬球は婆ぁの頬を掠めて台所の出入扉に組み込めれた小窓を粉々に砕け散らせた。
 婆ぁは腰を抜かしたまま逆上して訳の分からぬ言葉を発し続けているかと思えば、居間から親父が飛び出して来た。
 やべぇ。親父は四十キログラム以上ある秋田杉を平気で二、三本片手で持ち運べる程のタフガイで、先日コンビニ強盗を秒殺し、山形県警から感謝状を頂いているのだ。
 お助けぇ、ひいいいひい。と中腰状態で家の外へ逃げた途端、ガチャって金属音がした。ひっでぇ。鍵掛けやがった。家の中からは、オメ、家の子じゃねぇ。って頻りに叫んでいる。実際そうあって欲しい。
 よっしゃ。いつも矛盾してて自らの非をも認めぬ親崩れともこれでおサラバでい。この際樋口の両親に気に入られて婿養子にして貰おうっかな。ほほほーい、ほほほーい、ほほほいほーい。シュールでお馬鹿な遠吠えを頭上の闇に放った後、界隈にガキが居なくなって全く使われなくなり赤茶色に錆びてしまった遊具が集まる「なかよし公園」へと、でくでく歩き出した。

 夜の「なかよし公園」は何やら意味の解らぬ前衛彫刻が立ち並んでいるかの様な遊具群のせいで、獣の啻ならぬ気配が漂っているかのように感じ、歯をガチガチッと無意識に噛んだ。恐いんか? 何でやねん。これから今生の友、且つ、恋人。下手すりゃ嫁となるヒトに逢いに行くってのに何故こないにも圧迫されんねん。びびってんのか? いきなり遣って来た春に対して。訳解らん。
 そんな葛藤を演じていたら先程の親子喧嘩が蘇ってきたので、がるる。俺は百獣の王ライオンだぞ。道を開けねば骨の随まで噛み砕くぞ。このガチガチ云ってるこの歯でな。退け、退けい。がるるるるるる。と自棄気味に公園の中へと飛び込んで行った。

 そのまま両腕をぐるぐる回し、がるると唸りながら遊具の間と間を縫うように駆け回っていると、やけに細く覇気の無い樫の木の下に樋口は居た。
 やば、こんなお茶目な一面を見られてはガキっぽいと嫌われてしまう。俺はライオンから英国紳士に早変わりした後、必要以上に気取りながら樋口の元へ向かった。
 樋口は俺に気付いたのか、さっ、と目を伏せた。まだ顔が紅かったのかはこの闇の中じゃ判別出来んかったが、きっと恋の恥じらいが邪魔して俺の顔が見れぬのだろう。可愛い奴め。うぷぷぷ。そんな浮かれ気分に酔いしれつつも、自分は英国紳士らしく冷たく素っ気無い切り口で樋口に声を掛けた。

「ったく、こんな所に呼び出して。マジ何の用なんだよ!」
「……ごめんね」

 い、い、いかん! つい喧嘩口調で切り出してしまった。案の定、樋口は口を真一文字に結んで、これ以上アタシを苛めたら泣き喚いてアンタを慌てさせてやるわ。と訴えているかのような恨み顔(省略すると泣き顔)で俺を直視。
 私、龍ノ瀬。史上最大の危機。
 自ら春を逃がそうとしてる。スプリング・ハズ・カムから、スプリング・ゴナ・エスケープへと姿を変えだした。
 ……ここは黙って彼女の眼を見よう。黒目の向こう側まで。さすれば俺の脳と樋口の脳がシンクロして真の気持ちが通じ合えるはず。よし、準備はいいか? 俺の気持ち届け! 俺は吐き気がする程純真な想いを抱きつつ、涙の潤みで歪んでいる樋口の黒目を、じっ、と見た。
 上から痛い程俺等を睨み付ける闇の存在を感じつつ純真だけを樋口にぶつけた空白、その長さ七十三回の律動。その直後、樋口が顔を紅めらせ、ゴム製中坊に言葉を放った。

 「好き」

 その瞬間、眼が潰れる程眩しい光が天井の闇を切り裂き、俺の周りを照らし出した。こんな悪玉コレステロールで形成された醜い家鴨の子に勿体無いプレゼント有難う御座います、御先祖様。マジで有難う。マジで。いや、ほんとマジで。

 刹那。

 暖かった光が俺の脳天を叩き割った。

 又、眼の前に闇が広がる。今度は遊具群や樋口の姿が捕らえなくなる程深かった。
 俺は訳が解らず、ただ、闇に縛られながら沈黙した。しかし脳の中は、何が可笑しいのか、ひひひひ、ひひひひひひ、ひ……ひ……。と笑っていた。
 恐らく悲劇が起こると予感したのだろう。俺の純真な心は完全に狂ってしまった。俺も又忍び寄る破滅の重圧に恐怖した。
 このまま闇が続くのを本気で祈る意味でAVビデオはどういう行程で作られるのか想像してみた。その間たった七回の律動。やってるのをビデオカメラで撮って売る。ただそれだけの事を真剣に考えようとした俺が阿呆だった。馬鹿だった。エロガキだった。 もっと社会性に富んだ情報は無いのか? と脳に檄を飛ばすが、無ぇものは無ぇんだよ。おととい来やがれデブ! と逆ギレ。はいすみませんもうしませんごめんなさい。と適当に謝罪し、考える(脳を苛める)事を止めて又沈黙することにした。

 そして、闇が断ち切られる時が訪れる。

 瞼の皮を透かす光に気付いた俺は、ゆっくりと瞼を開いた。
 ……。
 ビビっちゃった。
 何故か俺は地上四米の高さに位置しており、眼の前ではセーラー服を羽織った齢十六、七の女が大勢、阿鼻叫喚と表現出来るレベルの喚声を上げながら俺を見上げているのだ。
 激怒している者、好奇の表情をした者、顔面を紅く染めている者、相対的に蒼くして卒倒している者、大爆笑している者、何故か指を銜えたまま俺を一点に見つめている者と、訳が解らないので周りを見渡してみた。

 うわ、俺縛られてる。しかも全裸で。

 益々訳解らん。落ち着け、よく考えろ。セーラー服が大勢集まる所は何処だ?
 コスプレパブ? 違う! 学校だ。しかもあのセーラー服、よう見たら俺の住んで居る街の女子高のものだ。
 と、云う事は……。俺は女子高の校門に全裸で縛り上げられているのか? そりゃイカン! ポリスに捕まって即死刑だぞ。オラまだ消えたくねぇだ。た、助けてくれぇ!この際贅沢云わずに女・子供・畜生は問わねぇから誰か助けてくんろ! 金なら幾らでも遣るからぁ……(勿論ハッタリ)!

 てな感じで泣きながらもがいていると、弾みで性器から尿がちろっと出てしまった。雫が地面に染み込む間、場は一時静寂と化した。
 が、それも直ぐに一人の女子高生の笑い声にて破られた。それを切っ掛けに連鎖され場内大爆笑の渦。今、俺は最高のコメディアンと化してしまったのである。
 凄ぇ。凄ぇよ。凄すぎるよ。別に落ち込む必要は無いんじゃねぇのか? いいじゃん、これで。もっと俺を笑えよ、笑ってくれよ。笑え!
 ひひひひはははは、あははははははは。げらげらげら。彼女等が俺の不細工な裸体を見て必要以上に顔を歪ませ爆笑している様が余りにも滑稽なので、俺も笑った。爆。
 したらセーラー服を羽織った獣の群れの中に男が見えた。男のような女では無く本物の男だ。しかも見覚えがある。

 俺の天敵である川上、上田、村松、生島。

 奴等も獣と共に爆笑していた。俺を毎日三百六十五日追い回しては何もかも奪っていく匪賊達。
 もしグループ名を付けるとしたら「キラー・ループ」が相応しい。この時点で俺を縛り上げたのは奴等だと確信する。て云うか、そうとしか考え付かん。末恐ろしい奴等だ。でも、いつ実行したのだろう。昨日か? 昨日は樋口に告白されて……。樋口?

 居た。

 奴等の横で獣と共に醜いハーモニーを奏でている。

 俺は最強最悪のドッキリに嵌ってしまったのである。何て悲惨な事する女神なんだろう。しかも憎たらしい程芸達者。最強じゃん。さっさとハリウッドか太秦へ飛べって感じ。
 あ、よくよく考えたらアイツって村松と付き合ってるんだっけ。休祭日以外毎日体育館の裏でやってたもんなあ。俺自身も毎日出歯亀として馳せ参じてたもん。うんうん。しっかしよく体力が持つなぁ……っておい! 俺がこうなってんのは出歯亀がバレたからか?
 案の定、この糞エロ豚、このまんま地獄に堕ちてしまいな! ゴォーウ・トゥ・ヘェル! という樋口の罵声が微かに聞こえた。後半の英語の発音が殴り殺したくなる程素晴らしかった。こんな晴れやかな声に罵倒されるなんてこの風船坊主、二度と報われやしないだろう。
 いっその事、駅のプラットホームから線路に突き飛ばしてもらった方がまだ良かった。奴等は何故そうしない。ああ、ポリスに捕まるからか……。
 俺は笑うのを止め、獣達を呪詛の眼で見つめた。そして自分自身をも最高に呪い忌ましめた。したら獣達の顔がくっつき合ってぐにゃぐにゃ混ざり合った。無論樋口の顔も。まるで汚物だけで作られたカレーが沸騰しているかのように。
 そして、また闇が俺を覆った。
 それから先は覚えていない。ただ俺の中に芽生えた思想が一つ増えた事だけは確実に覚えていた。それは、今まで考える事は無かった俺自身の「存在」について疑問を覚えるようになったことのみ。
 十割方答えが出ない事は百も承知だが、業とそんな無限、若しくは、環状型問答に身を投じる事によって自我を保とうとするのだった。

 キラー・ループ。何時か、俺が俺を滅ぼしに遣って来るのだろうか。

EPISODE 1 ・了

続く。

[最終更新日 2015.7.15]