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皆夢(エピソード2・後編)

 非常識車掌の正体はキラーループ最後の刺客である村松だった。何でお前がここに居る。帰れ。と心が呟いたが、居なくなったら誰が汽車を運転すんねん。と追い出しを断念し再び無言で村松を睨んだ。
 すると、目の前に居る村松と、俺の中に沈澱している過去の思い出としての村松の顔がリンクしだしたが、何故か一致しない。顔は同じなのに雰囲気は違う感じがしたのだ。それが如実に現れてきたのは、この後の彼の行動からだった。
 俺が憎悪の表情で睨み付けているのに、きょとん。と俺を見つめた村松は、ああ。と何かを心得た声を上げたかと思えば、左ポケットから電卓型の機械を取り出して俺にこう訪ねた。

「い……いぎさき……どご……? どご……? いぎさぎ」

 愕然とした。中学時代、俺をストレスのはけ口に使用していた村松という男は、心が完全に壊れていたのである。見た目こそ金髪に染め上げた長髪、二重瞼という素晴らしいオプションを携えた大きめの瞳、高い鼻、厚い唇を持った美青年なのだが、よく見ると挙動不審が目立つ、悪い意味で危険度が高い男と化していた。
 以前は文武両道のお手本として中学の先生方にはやたら気に入られていたのに、何処でどう間違えたのか。俺は酷く同情して目頭が熱くなった。しかし村松はまだ、いぎさぎ、どご。と訪ねっぱなしだ。
 無理に思い出させて厄介な事になったら面倒なので、行き先であるトーキョーと一言云った。すると彼は、はあい。と返事して機械を操作しだした。暫くすると機械がレシート型の切符を、しゅるる、という摩擦音と共に吐き出すと村松はそれをちぎって俺に手渡し、三万五千四百七十円と、吃りながら云った。俺は、ああそう。と事務的に支払い座席に腰掛ける。
 長い溜め息をついたりなんかして、まったりしていると、突然俺の中の芸人が、何でやねん、あほか君は、んな事あらへん。などと突っ込みを入れてきた。最終的に、そんなに払う事あらへんやろおお、往生しまっせええええ。と、大木ひびき師匠に変化したところで異常に気付いた。
 あれれ? なして切符代が三万五千四百七十円もするんだ? トーキョーまでだったら一万弱ぐらいだったはず。そう思い切符を確認してみると仰天。鹿児島行きになっているのだ。どういうイントネーションでトーキョーと云ったら鹿児島になるんじゃい。と、とうぎょじま? かとうぎょじまう? 何語じゃあ! どあほ。と心の中で呟いた末、遂に俺の中の芸人と侍が激昂した。おのれ手討ちにして呉れる。と村松の背後から襲い掛かり、激しく殴打したのである。
 ふぎゃ、と唸って卒倒する村松。よくも今まで可愛がってくれたな。という在り来たりな復讐の口上を放った後、奴の身体に跨がり殴打を再開した。修羅にでも取り憑かれたような勢いで、このこのこのこの、と村松の顔に打撃を加えた。
 気付いた時には、村松の顔は打撲によって激しく腫れ上がり、流れる鼻血は止まる気配も無く、奴は口から血に染まった泡を吹き出していた。
 言葉に書き表せない程の満足感と優越感を得た俺は、横たわっている村松の顔を土足で踏み付け、怒鳴り散らした。

「ざ、ざまあみやがれ。お前にやられた事をそのまんま返しているだけだからな。恨むんなら中坊の頃のお前自身を恨むんだな。今の落ちぶれたお前を作り、お前の家族をもぶっ壊した、昔のお前自身を恨めよ、この野郎! いいか、ヒトを罰すればその報いは必ず自分自身に帰ってくるんだ。はは。だから村松! ……君。あんたは地獄に落ちるんだよ。つーか、今落ちろ。ゴー・トウ・ヘェルス!」

 顔を踏み付けていた足を一旦引き、力一杯踏み付けてやろうとしたその時、村松が俺の足を掴んだ。驚いて奴の顔を見ると、目玉が飛び出さんばかりに瞼を開けて俺を注目していた。そして、ひぐちー!と泣き叫びながら俺の足を持ち上げた為、身体の均衡を崩した俺は、うわわ、と悲鳴を上げその場で転倒。その衝撃に悶える事無く、村松に足払いを掛けたが身軽に飛ばれてしまい回避された。
 まさかの形勢逆転。先程くそ生意気な事云っちゃったからなあ。今更ごめんなさいとか云って服従出来ないし、ったく、何が起こっちまったんだ! と混乱していると、村松が俺を見据えながら呟いた。

「思い、だ、出した……。あの時、よよ、よくも、マスコミに、チ、チクりやがったな……」

 俺が云った訳じゃない。あんな所に俺を縛ったのが悪いんだ。

「おげ、お陰で、おお親父や、お袋は……」

 と、か細い声で呟いたかと思うと、又、ひぐちー! と泣き叫ぶ村松。見ない内に涙もろい男になったなあ。しみじみ。こんな時に昔を懐かしんだ報いなのか、村松が自身の手を組み合った状態で俺の顔に目掛けて叩き付けた。余りの激痛ぶりに目を強く閉じたまま蹲る俺。これを皮切りにやつの暴力が雪崩式に俺を襲い始めた。これぞ凄まじき暴力の祭典。ドキッ! 水着だらけの暴力大会。
 ようやく俺は、殺されるんじゃないか? という考えが朧げに浮かんできた。そもそも何で暴力を受けなければならなくなったのか、今ここにある事実から導き出してみよう。よっしゃ、やったる。それまで身体が持ち堪えてくれればいいけど。遥か昔、哲学界の中で偉いとされたヒトが提唱した帰納法なる考え方を用いて、何故俺が暴力を受けているのかを紐解き出し始めてみた。
 村松が俺に対して暴力。一つ遡って、村松にヒトとしての生き方について説教。もう一つ遡って、村松が運賃を誤魔化そうとした。その前ってえと、えー……。終いか。何じゃい、結局のところ村松が運賃を誤魔化そうとしたのが原因なんじゃあないか。んだよ、下らねえ。だったら俺も暴力で対抗せなあかん。があっ、畳んじまうぞ。コラ。と雨の様に降り注ぐ村松の手足を払い除け、やつの腹に拳をねじ込んだ瞬間、また、あの女、の、声が、俺の、脳裏に、届いて。

 ゴォーウ・トゥ・ヘェル! 地獄に堕ちてしまいな! ゴォーウ・トゥ・ヘェル!

 自分の中でとても悲しい気持ちになって、村松が腹を抱えたまま床に蹲ったのと同時に自らも床に尻餅をついた。
 いや、あの女の言葉なんて無視すりゃいいんだけどさ。何も、ねぇ? 同じ事を三回も云う事ないじゃない? しかも二回目なんか、わざわざ和訳して怒鳴ってたぜ。分かるってえの、それくらいのイングリッシュ。ゴーオ、トゥー、ヘエエル、ス。あれ? ゴー、ツー、ヘエエルス。……ヘルだっけ。ヘルスだっけ? どっちかが「健康」っていう意味だったよな。あ、そうだ。最近ダンス教室を開いた地獄ノ谷のホリエさん家の斜め前に健康センターがあったな。地獄ノ谷の健康センターってことは……、ヘルスヒルヘルズセンター、それか、ヘルズヒルヘルスセンターって、おい。益々分からなくなっちまったじゃねえかよ、畜生が。
 しかし、言葉を繰り返し云ったら突破口が見つかるかも知れん。と、完全に自暴自棄自分と成り果てて、ヘルズヒルヘルスセンター、ヘルスヒルヘルズセンターと交互に呟き始めた。それを呟いている俺の姿は、まるで思春期真っ最中の青年ってな感じ(髪型は勿論ツーブロック、あと病弱)だった。だが二分後、己の舌をかじる事により、中一レベルの英単語行脚に幕が降りる。

 あまりの激痛ぶりに顔を不自然な形に曲げて悶絶していると、偶然、村松の姿を目にした。やつはまだ床に蹲っており、加えて、小さくかすれた声で何やら叫んでいた。その声は、おとうさん、おかあさん、ばあちゃん、トモコ……。と身内の呼び名を示していた。
 はは、弱ってやがんの。どれトドメを刺して差し上げようか知らん。と嘲笑い、右拳を振りかざしたところ、まるで右拳に目掛けて稲妻が落ちたかと思わせるような痺れを感じた。そして間髪入れずに、先程導き出した帰納法(俺流)論述に「ゴォーウ・トゥ・ヘェル!」というコトバが割り込んできた。
 そうだった……、忘れてた。も一度、もう一度。紐解いてみよう。村松が俺に対して暴力。一つ遡って、村松を……散々バカにした挙げ句……殴る蹴るの暴行。更に遡って、村松が運賃を誤魔化そうとした。いや、もしかしたら発券端末の使い方が分からなかったのかもしれない。俺はそれも確かめず、ただ本能のままに村松を叩きのめそうとした。それが原因なのならば、全く逆のアプローチを試みてみよう。暴力の逆? 分からん! 取り敢えず手足を出さなきゃいいんだろ? 何に対してキレているのか自分でも分からないまま、弱っている村松に話し掛けてみた。

「村松君。あのね、悪気は無かったんだよ。うん。だってさあ、トーキョーって云ったのに鹿児島の切符渡されたら……カチンと来ちゃうよね? 実際俺もカチンと来ちゃってあんな事しちゃったんだけど……。あー、えーと。ま、今回の件は俺が圧倒的に悪い。君に殴られてもしょうがないよ。それは認める。だけど、昔のあの件は村松君達があんな事したから周りが騒いだ結果なんだよ。うん。今の俺を見て分かったかと思うんだけど……。分かったかなあ? ヒトとか動物、まあ、植物もかな? それらを悲しませちゃうと、いつか自分自身にも悲しい事が起こるって事。それだけ」

 云いたい事を全て出し切ったせいか、脳が緊張してしまった。おかげで身体の節々が軋む。いや、これは右拳を振りかざした格好のままで居たせいだった。どうやら俺が喋っている間もこの格好だったらしい。その事に気付いた俺は全身の力を抜いて、右腕を下ろした。

 なのに、俺等を乗せた汽車は全身に力を入れやがった。

 どうやら、自動制御によるブレーキが働いたらしい。その反動で俺と村松は後ろの方へ吹っ飛ばされ壁に激突した。それほど強い衝撃ではなかった為、怪我、或いは、気絶に及ぶ事は辛うじて回避されたが、村松は、ぴくり、とも動かない。事切れたのか? 確かめてみよう。いや、また殴られる……。でもさっき云った事を分かってくれたかも知れない。いや、しかし……。とか云って懊悩していると、不意に圧縮された空気が吹き出したかの様な音が聞こえた。ホラー映画の冒頭に出てくる第一被害者ばりに目を剥いて、なに? と叫び、背後に視点を向けると、閉じられていた出入り口のドアが開かれており、その奥には、駅のプラットホームとしか思えない光景があった。鼠色のアスファルトの両端には太く白い破線と直線が遥か向こう側まで並行しており、キヨスクと称したよろず 屋、何故か在る立食い蕎麦屋、トドメにバックライト式の時刻表が吊るされてある。ここまで揃えば文句無しで駅のプラットホームだろう。誰も運送屋の荷物搬入口だとは思うまい。つーか、そりゃ別物だろ。

 俺はこの世に生まれ落ちてからというもの、悪運だけは強かった。例えば、おふざけで裏山の崖からダイブしたのに無傷だったり、これもおふざけで、意味無く一般公道のド真ん中に大の字で寝転んでいたら軽トラに撥ねられそうになり、運痴小僧から少林寺少年、若しくは、サルと化して、一度、垂直飛びした後、即座に飛び込み前転を繰り出して回避した事がある。あの瞬間、大量の白い鳩が羽ばたいたのかは定かで無いが。
 この例に沿ったかのように今回も悪運の強さに救われたとさ。めでたし、めでたし。と勝手に締めくくり、捻くれた笑顔を世間に振りまいた後、身体を大きく左右に揺さぶりながら下車した。

 そして、俺は新幹線に無事乗り込み、首都トーキョーに向けて出発進行した。

 無事出発した事に気を良くした俺は、いやあ、疲れた。疲労困憊ってこの事を云うんだね。とかホザいては、丁度通りかかった車内販売のカートを乱暴に掴んで、おねえさんコーラ五つ頂戴。と女性販売員に言い放つ。
 結果、カートに積まれた飲食類等が通路に散らばった為、女性販売員は静かなる怒りを露にし、俺にぬるいコーラ五杯を渡したかと思えば、俺の財布をぶん取って、そこから二千円取り出して去っていった。
 ぬるい、不味い、喉の乾きが取れねえ、ボッタくられた。総じて最悪。そりゃそうだってえの。悪い事すりゃあ、その分手前に跳ね返ってくるの。ああ、マジもう二度とやんねえ。ほんと最悪。俺も他人も、輪転する業っていうやつも。

 ふと、隣の席にヒトが居るのに気付いた。心の臓が緊急停止するのを何とか堪えて、冷静にその人物を確認してみると、影の薄い、と云うか、ヒト型の影のようだった。
 車内が暗いって訳では無いのに、このヒトはどういう顔立ちなのかが分からない程、暗闇に覆われていた。余りにも不思議なので暫く観察する事に。ちなみにこのヒトの仮の名をクロヒトと付けた。つーか、人間なのかコイツ? もののけ?
 観察開始から三十分経過すると、クロヒトは漸く行動を開始した。足下に置いてあったナップザックから一冊の分厚い辞典の様なものを取り出したのだ。よく見ると聖書だった。こんな暗黒のオーラを背負ったヒトがクリスチャンでええんか? と心が嘲笑っていると、クロヒトが唐突にこんなコトバを復唱し出した。

「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」(マタイによる福音書 5章44節)

 暗黒を身に纏ったヒトが神々しいコトバを発したものだから呆気に取られてしまった俺。何も云わずそのコトバを受け止めていたが、不意に自我を取り戻し再び凝視すると、やつの顎に当たる部分から水が滴っていた。コイツ泣いてやがる。何で? とクロヒトに関する逸話を手前勝手に想像して、少々ほくそ笑んでみたりしたが、すぐに飽きてしまい……って、俺、すげえ飽きっぽいんだな。やっと自覚したぜ。ギョウ虫でも寄生してんのかな? まあ、いちいち気にしてたら禿げてしまう。寝よ、寝てしまえばいいんだ。

 そうだ、寝てしまえばいいんだ。目が醒める頃にゃ、トー……キョー……だ。

 山形大陸、首都トーキョー間の大脱走活劇はここで幕を下ろす事になる。
 さて、余談になるのだが、生島に刺された親父の後日談を記そうと思う。これはトーキョー駅内のキヨスクで売っていたスポーツ新聞で知った。やつは生きてました。幸い急所を外していたという事で全治一週間だったそうだ。ちなみにあの四人は全治一カ月。
 そしてトーキョーに着いてから一週間後、両親に無断で就職した事を謝罪する電話を入れ、辛うじて和解成立。もしかして一時的かもしれないが、両親との蟠りが解消した記念すべき日となった。

 だが一つ引っ掛かる事があった。上野からトーキョーに向かう六分間の間、妙な夢を見た事だ。村松の声が俺に対して一方的に言い放っているのだ。

「おえ、お前、いいいつ、か、殺す。りゆー、は、分から、ない、け、ど。そえ、それ、で、何かが、かか、ると、変わ、る、と、思うんだ。ご、五ね年、後、ま待って、ろ」

 何故か、最近その夢が気になって仕方ない。でも最早そんな事で悩んでいる場合では無かった。

 心が負のコトバを呟き、眼は鍋に煮立ったニコチン草を見つめる。
 何時しか悪臭が鼻につき、俺と同じ臭いだと、泣きながら笑った朧月夜。

 

 夢だろう。全部、ユメなのだろう。出来るものなら悪夢としてバクの餌にしてやりたかった、あの日が近付いてくる。

EPISODE 2・了

続く。

[最終更新日 2015.7.15]